٩(๑´ㅂ`๑)و kaomoji日記

顔文字ってたくさんあるけど、本当に使いたくなる顔文字だけを集めたよ!

Twitterで話題の警官を柔術で投げ飛ばすイギリス人女性の正体

イギリスの女性参政権運動のデモ警官を一人でやっつけるイーディス・ガラッドの勇姿がTwitterで話題となっていたのでまとめました。




『パンチ』誌1910年7月号より
警官を一人でやっつけるイーディス・ガラッドの勇姿。「THE SUFFRAGETTE THAT KNEW JIU-JITSU柔術の心得がある婦人参政権運動家」と書いてある。


この女性の名前は「イーディス・ガラッド」


「イーディス」の夫は欧州に柔術を広めた上西貞一の弟子だった


ウエニシ(上西貞一)の弟子であったウィリアム・ガラッドの妻イーディスは、柔術に熟達していた。
出典 柔道か柔術か(45): 翻訳blog


彼女は婦人参政権運動家として、また婦人参政権同盟の設立者エミリーン・パンクハースト夫人(1857-1928)のボディガードをつとめる「戦う参政権論者」の柔術教師として悪名をはせた。
出典 柔道か柔術か(45): 翻訳blog


風刺画ではなく、イーディスが実際に警官をやっつけている写真


イーディス・ガラッド
イーディスは小柄で負けん気の強い女性だった。1910年から12年ごろの写真に彼女が警官をやっつけるところを撮ったもの。

彼女は当時流行だったむやみに大きい帽子をかぶっている。
風刺画と同様、細身でそれほど大きくは無い女性で、いかつい感じはしない。


女性参政権運動家はいろいろな嫌がらせにあうことがあり、警察に胸をつかみあげられるなどの暴力を受けたこともあったので、護身術はかなり役立つ技術だったらしい。
出典 19世紀英国、女性柔術家が参政権のために立ち上がった!エメリン・…




イーディスは夫と離婚し、オックスフォード・サーカスに道場を開いた。この道場が参政権運動家の基地となり、女たちはここから出撃して街で窓などを割って回り、すばやく戻って警官が来るころには何食わぬ顔で柔術の稽古をしているのだった。
出典 柔道か柔術か(45): 翻訳blog


最近、日本女子柔道で発生した指導暴力事件について、告発した選手をバックアップした山口香選手が注目をあびているが、既に19世紀ロンドンにも女性の権利を守り正しいことをするために頭を使って頑張っていた女性柔術家がいたのである。
出典 19世紀英国、女性柔術家が参政権のために立ち上がった!エメリン・…


運動家たちは暴力に訴えることもあったが、イーディス・ガラッドは素手で戦った。


イーディス・ガラッド女史は柔術を使って素手で戦ったから偉いのだ。運動の成果により、1918年に30歳以上の女性に選挙権が認められ、1928年には男女とも21歳以上に選挙権が認められた。)
出典 柔道か柔術か(45): 翻訳blog






▼女性参政権運動とは?


世界にさきがけて産業革命を経験したイギリスでは,家庭での生産活動がなくなり存在理由を見いだせなくなった女性たちが,貧民救済などの慈善事業に活動の場を求めた。19世紀に入って広範な女性をひきつけた慈善事業が土台となって,婦人参政権運動をはじめとし,女性の社会的活動の機会拡大のための運動,女性の人権のための運動が展開された。
出典 婦人参政権運動 とは - コトバンク


▼なぜイギリス人の女性が「柔術」を使っているのか?


20世紀初頭、イギリスでは柔術が流行ってた?!
20世紀初頭海外で活躍した柔術家として上西貞一、谷幸雄などと並んで名前が出てくる詳細不詳の柔術家Eidaの写真。投げているのはギャビー・デリスという女優。「柔術ワルツ」という出し物をやたのだそうだ


柔術が欧州に伝わったのは、バリツの創始者バートン=ライトの功績である。彼が谷幸雄と上西貞一を指導員としてロンドンに招いたのが1900年のことで、それから柔術は英国に広まり、さらに欧州諸国にも広まっていった。
出典 欧州の柔術について: 翻訳blog
柔術が欧州に伝わった時期等には諸説あるようです。